最近、トレーニングを再開された
実はブロガーなy先生に、
むつごい、解説付きで、最終回を見せたがじゃ。
ちょびっと龍馬菌が、入ったがじゃ。
Y先生、今度の宇多田ヒカルのアルバム、ィよろしくっす。
隣のいえが、祝、新築。
Kぞー氏と、ポルシェ談義。
三ヶ月入院中らしい。
あんたもアホやなぁ。
元国体選手は、スピードやのぅ!

このお方、ポルシェ界でも 少数な 928に 20年。
エライ!
立派!
で、高速じゃ カっ飛ばすんで クーーーーール。
真似できません。
ってか、したくはありません。
が、素晴らしい。
地平線の彼方まで カっ飛んで下さいませ。
ボクのどの乗り物でも無理なリスキーな世界で楽しんで下さいませ。
すっかし、、、。
いらんことしとる男は、エエ顔してますのぅ~。

この会の張本人 k先生。
本日は 家族総出の準備、片づけ、ありがとうございます。
このチャリの ィ良さが解るかな?
鉄の骨、各部 いにしえのパーツ、パイプの継ぎ目
うーむ わびさびの判るサイクリスト以外、難しいっすね。
いやぁ~ カッケ~っす。
ポリッシュの カンパ二 ヨーーーーーロが エロい エロい。
腐ってない ブレーキのレバーの付け根(何て名称なんでしょ?)
久々に感動しました。
わかりますよ。痛いほど、わかります。
http://hd0524209.blog11.fc2.com/
このデハ デハなペイントは、高瀬の社長のお友達ペインターです。
知る人ぞ知る シェイキンスピードグラフィックの弟子。
やせ我慢こそ男の美学。
いやぁ~ チーーンエイジの頃、R43を下道を走り
大阪から 川を渡り 偶然装い単車止めて
ヤぁ。
住所を頼りに この辺かなぁ~。
赤白 火炎ホイールの RZ50に

赤いshoeiの ヘルメットに
当時ィ良く聴いて居た nobody nightwalkarの自作カッティング。
ィ良いアルバムなんですわ。
目を閉じると シーンが目に浮かぶ。
音楽って 素晴らしいっすね。
いつもの リーバイス501に
いっちょうらのスゥイングトップをはおって
コンヴァースのオールスターをギュっと締め。
ケンジくん気取り。

なんて何度かやらかしたのを思い出しました。
今なら 間違いなくストーカーっすね。爆。
どっぴー様 ステキです。
もう そんな想いになろうとしてもなれやしない。
ホンヤク 四十過ぎ 汚れちまったヨシダでございます。
三十過ぎなら 許される。
かなぁ~。
夢中になれる 熱のこもった日々を イカしたチョッパーと送られる。
素晴らしいっすよ。
その傍らに 単車がある。
乗り続けることを誇りに思う。
そんな後大層なフレーズを 恥ずかしげも無く書いてしまえる。
ホンヤク ホイールジャンキー 。
なんだか センチメンタルジャーニーなんで 秋風に吹かれてきます。
店の いつも 菅さんがキャンプなイスに腰掛けて居たところに祭壇があります。
連絡をもらったWさんがお経をあげたってんで
ボクも あげてみました。
お寺が実家だってぇのに お姉さんは ダメなんだそうです。
お茶を淹れてもらって 一服いただく。
お姉さんの話が止まらない。
職業柄か出来るだけ、しゃべりやすい相槌をうってるボク。
ありがとう を言わない菅さんが、ありがとうを言った話。
サンちゃんは K先生のところに養子に行き仲良く暮らしてる話。
残務で困ってる話。
菅さんの 困ったちゃんぶりを聞かされる。
一通り聞いて 同じ話が出始めて帰る。
お姉さん お姉さんも好きなガーデニング好きなだけやっちゃって下さいませ。
生きる 生きてる者、すべて、できるだけイキイキとせんとあきませんよねぇ~。
お姉さんの話に 猛烈に 血の繋がり ファミリーを感じるボク。
あれだけ しゃべられると ヤになってもおかしくないんですが
心地ィ良い。
お姉さん また来さしてもらいます。
ぼぉ~っと 店内を見てますと、二階から よっこらって 菅さんが降りて来て、
味のある ストーヴに 火を入れて
まぁ 座らんな ヨシダくん。
おっZくん、ふっ で、どうなんな?
ええ いや エエも悪いもありませんよ~。
どしたんな。
いや~、、、、、、、、、、、、、、、、。
それはなぁ~ そうしたもんやん。
この空間で カっちょィ良い自転車 いっぱい造ってきたよなぁ~。
目を閉じると 今も居る 菅さん。
ありがとうございます。
昔の車が好きな人でした。
貰いものの車ばかり乗り継いだ人でした。
シャレードデトマソ。
いすず ピアッツア。
スズキ キャリィ。
今日の Z432の話なんかすっと 最後にゃ結局、
東京でガラス屋の仕事してる時に ヨタ8のフロントガラスを
交換した話になって、別の外車を買って余ったらヨタ8をキレイにしたい。
そんな話になるんですよね。
ボクはボクで Zはカッコィ良過ぎて似合わへんから、ダメですわ。
日産ならば ブル510くらいじゃないと無理っすわ。
やっぱカワイイ系の車で ロータスエランとかが ィ良いっす。
そうやなぁ~エランはエエけど ヨシダくん ビート乗ってるから辛抱しなよ。
そんな感じで 毎回、話終わってますた。
朝 なんとなく 行ってみました。
元菅さんの足バイクの サス無しクロモリの ゲイリーフィッシャー号
真っすぐに 走ります。
コレは どんな人が乗ろうとも 気付くと思います。
ぜひ 乗ってもらいたい。
お子ちゃまな サスなんぞいらんわいって意味が解ると思います。
となりでは 粛々と 秋祭りの ちょうさの準備。
店は 少し片づけられて 祭壇?がありました。
遺影は グラスをかけて レース出場時?の菅さん。
御用の方は、どうぞと おとなりに住むおねぇさんの電話番号がありました。
下には ボクの張り紙が残されてました。
連絡しませんでした。
帰ろうとしてました。
と サイクリスト、、、yさん。
uターンで店に戻り しばし 昔話から お葬式の話やら
一番長い時間かけたのが、yさんの今はなき 27トレノの話だった辺りは
カルラスポーツ関係各位のホイールジャンキーっぷりが伺えまする。
yさんから 菅さんの師匠である アマンダの 千葉さんへ連絡した話やら
一時、子供のフレーム作りたいから教えてよ。
と言うと 血相変えて 断られた話やら聞きました。
実は ボクもフレーム作りたいから教えて下さいよ。と言ったことがあります。
するならなんちゃ 教えるよ。
ボクには そう答えてくれてました。
チョッパーにかぶれてたボクには、そっちまで時間が無い。
いやその時は、そっちよりもチョッパーと言う選択だったんだと思います。
そっちよりもチョッパーに対しての情熱が上回ってたんだと思います。
コンペティショナルな指向の菅さんには チョッパーはホメられませんでした。
今思えば、やっておくべきでした。
今後、やろうかな? 迷った場合、可能ならばやっときたいと思います。

yさん 少しデカなったご様子で。

yさんの バイクも ちんちんステッカー。
どっかからパクったそうです。が、高松の当局まで行き使用可能か聞いたんだそうです。
道理で くれないハズですわ。
yさんの フレームも クラック入りやり直したんだそうです。
ボクの ザリガニ号を覚えてくれていて
あの123ダー号は 菅さんの作品の中でも力作だったと言ってくれました。
ありがとうございます。